料理教室を終えたあと、
しばらく私は、次に何をするかを決められずにいました。
何かを失ったというよりも、
ずっと大切に抱えてきたものを
そっと手放したあとのような、
不思議な静けさが残っていました。
第5章|もう一度、自分に問い直したこと

色んなことを手放した後、今まで詰まっていた時間に出来た空白の時間。
これから先、私は何を続けたいのだろう。
どんな形で、人と関わっていきたいのだろう。
答えを急ぎたい気持ちと、
もう同じ選び方はしたくないという気持ちが、
心の中で行ったり来たりしていました。
振り返ってみると、
料理教室でも、カフェでも、私がいちばん大切にしてきたのは
「何をするか」よりも、
「どんな時間を過ごしてもらうか」でした。
初めて料理教室に来てくれた人が、少し緊張した表情で扉を開け、
帰る頃には、どこか安心した顔で笑ってくれること。
その変化を見る瞬間が、何より嬉しかったのだと思います。
料理を教えることそのものよりも、人がふっと力を抜ける時間をつくること。
その人自身に戻れるような、静かな場所を用意すること。
私はずっと、そこに喜びを感じてきました。
多くの人と関わることが苦手だったわけではありません。
100人規模の交流会に参加することもできたし、
人前に立つことに強い緊張を感じるタイプでもありませんでした。
経験を重ねる中で、
自然とできるようになったことも、たくさんあったと思います。
でも、本当に心が動いていたのは、
料理教室の生徒さんや、
時間をかけて関わってきた人と向き合っているときでした。
多くの人を一度に見るというより、
深く関わる人のことを、無意識に見てしまう。
その人の表情が少し変わったことや、
声のトーンがやわらいだ瞬間に、ふと気づいてしまう。
私はきっと、そんな関わり方をしてきたのだと思います。
あるとき、自分が大切にしてきた感覚が、
少しずつ言葉になっていきました。
手を動かすこと。
空間を整えること。
一人ひとりと向き合うこと。
料理という形でなくても、この想いは続けられるのではないか。
そんな考えが、少しずつ浮かび上がってきました。
人に触れ、その人がほっとできる時間をつくること。
自分自身に戻れるきっかけをそっと手渡すような仕事。
気づけば私は、そんな関わり方に惹かれていました。
すぐに答えが出たわけではありません。
不安も、迷いも、正直たくさんありました。
それでも、もう一度自分に問い直してみて、
ひとつだけ、はっきりしたことがあります。
「私は、自分の感覚を信じて仕事がしたい。
誰かの正解ではなく、
流行でもなく、
目の前の人と、きちんと向き合える仕事を。」
料理教室を始めたときも、
椛という場所をつくったときも、
私を動かしてきたのは、
同じ想いでした。
形は変わっても、大切にしたいものは変わらない。
そう思えたとき、次の道は、少しずつ輪郭を持ち始めました。
<次回予告>
料理でも、カフェでも、私が大切にしてきたのは
「その人の時間」に寄り添うことでした。
そして気づいたのです。
「何をするか」よりも、
**「どんな在り方で人と向き合いたいか」**が
私の仕事の軸なのだと。
次の章では、
これまで点だった経験が、
一本の線として繋がっていく感覚について
綴っていきます。
美希
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